山中鹿之介の墓(阿井の渡場)

付近住所 岡山県高梁市落合町近似


山中鹿之介は天文14年(1545)現在の広瀬町に生まれ、尼子氏に仕えて数々の武勲をたて尼子十勇士のひとりに数えられました。「我に七難八苦を与え給え」と三日月に祈ったという故事は有名で、尼子氏滅亡の危機に播州上月城に拠って再興を志しましたが、毛利勢に攻められ、ついに落城しました。鹿之介は捕らえられ、備中松山城へ護送される途中、ここ阿井の渡場で不意討ちにあい斬殺されました。現在の墓碑は正徳3年(1713)松山藩主石川候の家臣前田時棟が建てたものです。